遺伝子を検討するということ

聖マリアンナ医科大学 臨床検査医学・遺伝解析学 教授 右田 王介

遺伝子の検査は何を調べるのか

遺伝子の検査は何を調べるのか

生まれつきの体質がかかわる疾患の診断に、医師が遺伝子の検査をすることがあります。しかし遺伝子と聞くと、なんだか得体のしれないものというイメージを持つ方もあるかもしれません。遺伝子というのは我々の体の設計図として働いている情報のことを意味しています。遺伝子の検査というのは、どんなことを調べるのでしょうか?

わたしたちの体は水分やタンパク質、脂質などから出来ています。遺伝子が設計図であるというのは、タンパク質の形をつくるときの情報であることを指しています。タンパク質は体の主要な成分ですが、体の外から取り入れる場合には栄養素としての意味で使う時もあります。私たちは、ほかの生き物が作ったタンパク質を栄養素として体内に取り込みます。このとき、タンパク質をアミノ酸に分解して吸収しています。タンパク質は、アミノ酸が数珠つなぎになったような形をしています。アミノ酸は旨味成分としても知られていますが、私たちはアミノ酸を並べてつなぎ合わせ自分たちの体に必要なタンパク質を合成しています。

いわゆる遺伝子の検査というのは、DNAの並び順をしらべる検査です。DNAは文字の役割をした部分(塩基)の並び順(配列)でアミノ酸をあらわしています。DNAの塩基の配列にそって、アミノ酸をつなげていくことで、タンパク質ができあがるのです。遺伝子の検査というのは、DNA配列が既に知られている並びと異なっているのかどうかを検討して、その変化がタンパク質の働きに影響するのか検討するのです。

DNAは3つの塩基の並び順がひとつのアミノ酸と対応することがわかっています。DNAの塩基A,G,C,Tの4種類あるので、3つの塩基並びは、たとえば最初の1文字がかわるだけで、AGC,GGC,CGC,TGCなど4種類あります、2番目、3番目の文字も同様に4種類を表すことができます。つまり3塩基の配列で、4の3乗の情報を示すことができるので、64種類をしめすことができます。アミノ酸は二十種類ほどなので、複数の3文字の並びが同じアミノ酸を示しているものがあります。DNAの文字の並びを調べれば、タンパク質がどのようにアミノ酸を並べてできているか、まさに設計図として読み取れるのです。

遺伝子検査の結果が示すこと

遺伝子検査の結果が示すこと

DNAの配列を調べるとタンパク質のかたちを知ることができることができます。ただ、検査で大切なことはDNAの配列がすこしことなっているからといってタンパク質の働きに影響があるとは限らないことです。

アミノ酸は全体では二十種類ほど存在していて、それぞれ性質が少しづつことなっています。タンパク質のなかでアミノ酸の種類が変わるとタンパク質の働きを変わることがありますが、その違いがわずかであるとアミノ酸が変わっても全体の働きは変わらないことがあるのです。文字が変わってアミノ酸がすこし置き換わったくらいではタンパク質全体の働きには影響がない場合、またDNAの配列がかわってもアミノ酸の種類は変わらない場合もあります。また、一部の文字が減っていたり他の部分の文字が増えていたりすることがあります。タンパク質のなかでアミノ酸の続きが作れず途中でおわったり、むしろ長くなっていたり、あるいは他のタンパク質の設計図とくっついていて複数のタンパク質が融合したものができることもあります。

検査の結果として、ある疾患の原因として矛盾しないとわかる場合、ある遺伝子の配列から病的なバリアントを検出したといいます。一般的な言い方では、検査が『陽性』であったということに近いかもしれません。しかし、検査の結果で疾患の原因となるようなものが見つからない場合もあります。設計図としてのDNAの配列に変わったところはなかったという意味になります。この結果は調べた遺伝子が原因になる病気は、たぶんないだろうという意味ではあります。ただ、すこし矛盾した印象を受けるかもしれませんが、遺伝子の検査で異常がないということは診断につながる情報が得られなかったという意味で、その遺伝子が関わる疾患が起こらないという意味ではないことに注意が必要です。

DNAの配列が設計図の図面としての意味が解読できるようになった一方で、その遺伝子がどのように振る舞うのか、それを規定する遺伝情報はまだ解読できていないのです。あるいは、同じ病気が異なる遺伝子の変化で発症する場合も知られるようになりました。従来の遺伝子検査では発見できない理由で病気にかかわる場合もあることが知られています。たとえば、さらに、遺伝子の配列が途中から全く別のところに移動していることがあります。現在行われる遺伝子の解析は実際にはとびとびに配列を読み取っているので、あるAという部分の配列と連続しているはずのBという配列が実際にはつながっておらず、まったく別の場所に移動していること(構造変化といわれます)があります。そうなるとAとBが連続して働かないのでDNA配列の検討で社問題がないのに、タンパク質がうまく作れていないという場合があります。遺伝子の検査では病気の診断に有力な手掛かりになりますが、その情報だけで診断することはできないのです。