ライソゾーム病を新生児のうちに見つけるスクリーニング体制

聖マリアンナ医科大学 臨床検査医学・遺伝解析学 教授 右田 王介

ライソゾーム病を新生児のうちに見つけるスクリーニング体制

新生児スクリーニングは、赤ちゃんにある健康上の問題を早期に発見し、治療を開始することで障がいの発生を予防することを目的として実施されています。

日本では1977年に複数の先天代謝異常症を対象に全国的な公的事業として開始された新生児マス・スクリーニング事業が有名です。専用のろ紙(コーヒーフィルターのような紙のことです。もちろん医療用の専用のものを使います。)に少量の血液をつけ、乾かしたものを検査に使用します。ろ紙は紙なので、かさばらず、割れたりすることもありません。少量の血液を十分に乾燥させて使用するので、血液中の物質が安定し冷蔵や冷凍など特別なことをせずに保管や輸送もできます(もちろん長期保管をするときには冷蔵や冷凍のほうがいいのです)。その他に、聴覚のスクリーニング検査や便色カードによる検査などもあります。新生児のころにお子さんやお孫さん、あるいはご自身がそうした検討を受けたという方も多いかと思います。

最近では、診断や治療法がすすんだことで、重篤な症状を防ぐことができる疾患が増えています。このため、ろ紙をつかった検査のなかでも、現在の新生児マス・スクリーニング事業の対象に含まれていない疾患を検討する手法が開発されています。このパンフレットで紹介されているライソゾーム病もその対象です。ライソゾーム病は、そのすべてが治療できるというわけではありませんが、ゴーシェ病、ファブリー病、ポンペ病、ムコ多糖症など酵素補充療法、分子シャペロン療法、造血幹細胞移植など様々な治療が行われ効果をあげています。そして、ライソゾーム病の多くは発症前か発症の早期から治療を行わなければ、その効果が限定的になってしまいます。とくにポンペ病は、その重症型の発見をする新生児スクリーニング検査によってその後の経過におおきな影響を与え、重要であることが報告されています。早期発見が重要であるので、治療法のあるライソゾーム病に新生児スクリーニングとして実施が広がることが望まれています。

このようにメリットがあるのであれば、ライソゾーム病の新生児スクリーニングが全国的にはひろがっていないのはなぜでしょうか?理由はいくつかあるのですが、新生児スクリーニングは単に検査をすればよいというものでもないということが理由のひとつです。疾患の可能性をひろいあげたら診断を確実におこない、治療を開始するところまでつながらなければなりません。新生児スクリーニングは実際に発症していない複数の疾患を検討するので、その疑いの有無を検討するだけです。病気の可能性があるといっても、実際には患っていないということがあります。そのため、ご家族が、どのような疾患を検査するのか知っている必要があり、検査で疑いがあったら精密検査を受けるために病院を受診することが必要です。精密検査では、確実な診断を行うことを目的にスクリーニングとは別の方法で検査が行われます。新生児スクリーニングを開始するためには、もし精密検査が必要となったら、どこの病院がその検査を実施し、治療開始までの道筋をどう付けていくかの体制構築が必要です。そのため実施する医療機関だけでなく、ご家族も疾患へ理解することも必要です。ご家族にとって、もうひとつ大事なことは、ライソゾーム病は遺伝子が関わる病気であるので、もしも診断が確実になった場合に、もちろん、その赤ちゃんだけが罹患している場合もありますが、家族にも同じ病気を抱えた方がいるかもしれないと、わかることがあります。赤ちゃんにあるかもしれない疾患の検査とその治療を十分に理解することが医療の提供側と、検査を受ける赤ちゃんとその家族のどちらにも必要になるのです。

とはいえ、新生児マス・スクリーニング事業がカバーしない疾患を対象とする拡大新生児スクリーニングは実施される機会が増えています。しかし十分な体制が必要であるために、現在は出生した地域あるいは医療機関によってその対応がわかれています。その費用は家族の負担によって実施されています。出生した場所や検査費用のために赤ちゃんが検査を受けられたり、受けられなかったりする状況があるといえます。赤ちゃんが最善の治療を受けるためには検査を受けるメリットがあり、そうした地域や経済格差に影響をされる状況は望ましいものとはいえません。こうした検査の存在をみんなが知り、新しい新生児スクリーニングの実施が拡大すること希望すれば誰でも検査を受けられる体制があることが望ましいと考えています。