岡山医療センター 小児科 医長 古城 真秀子
ムコ多糖(グリコサミノグリカン:GAGと略されます)はヒトの体内では皮膚、骨髄、軟骨、靭帯、心臓弁膜、肝臓・脾臓、神経細胞などの組織に多く存在しています。GAGはライソゾームの中で酵素によって分解されていきます。酵素が先天的に欠損、または活性が低下することにより、GAGが分解されずに全身の細胞のライソゾーム内に蓄積し、さまざまな臓器に障害を引き起こす遺伝性の代謝疾患がムコ多糖症です。ムコ多糖症の原因となる蓄積物質(GAG)はデルマタン硫酸(DS)、コンドロイチン硫酸(CS)、ヘパラン硫酸(HS)、ケラタン硫酸(KS)などがあり、蓄積するGAGにより症状が異なり、病型は7型に分類され、11種類の酵素がムコ多糖症に関与しています。この章では酵素製剤のあるⅠ型、Ⅱ型、ⅣA型、Ⅵ型、Ⅶ型を解説します。また酵素製剤のある型では早期発見・早期治療の有用性が認められており、新生児マススクリーニングの対象疾患に含めている自治体が増加しています。
ムコ多糖症Ⅰ型は遺伝子異常により特定の酵素(α‐L‐イズロニダーゼ)が欠損または活性が低下することによりライソゾーム内にHSとDSが主に蓄積することで発症します。中枢神経症状の有無や発症時期などにより、重症型(ハーラー症候群)、中間型(ハーラー・シャイエ症候群)、軽症型(シャイエ症候群)に分類されます。特徴的な症状は、特異的顔貌、肝臓・脾臓の腫大、関節拘縮、骨の異形成、ヘルニア、角膜混濁、心弁膜症、異所性蒙古斑を認め、重症型では精神運動発達の遅れも認めます。治療はラロニダーゼによる酵素補充療法(ERT)と、造血幹細胞移植(HSCT)が行われています。
ムコ多糖症Ⅱ型は遺伝子異常により特定の酵素(イズロン酸‐2‐スルファターゼ)が欠損または活性が低下することによりライソゾーム内にHSとDSが主に蓄積することで発症します。中枢神経症状の有無や発症時期などにより、重症型と軽症型に分類されます。特徴的な症状は。特異的顔貌、肝臓・脾臓の腫大、関節拘縮、骨の異形成、ヘルニア、異所性蒙古斑を認め、重症型では精神運動発達の遅れも認めます。治療は酵素補充療法(ERT)と、造血幹細胞移植(HSCT)が行われています。ERT製剤は現在日本では、中枢神経以外に効果のある従来酵素製剤(イデュルスルファーゼ)、中枢神経症状に特化した酵素製剤(イデュルスルファーゼベータ:図1)、血液脳関門(BBB)通過型酵素製剤(パビナフスプアルファ:図2)の3種類発売されています(イデュルスルファーゼベータとパビナフスプアルファは日本のみで発売)。重症型の中枢神経症状はBBBの存在により従来のERTでは効果が不十分でしたが、イデュルスルファーゼベータもしくはパビナフスプアルファを用いることにより中枢神経症状の改善に効果が認められています。
図1:植込み型脳髄液リザーバを設置し、イデュルスルファーゼベータを4週間に1回脳室内に投与します。この製剤は中枢神経に特化しており、中枢神経以外の症状の改善のため従来酵素製剤:イデュルスルファーゼと併用、もしくはHSCT後の患者さんに使用されます。
パビナフスプアルファのBBB通過機序
図2:静脈内に投与されたBBB通過型酵素製剤:パビナフスプアルファはトランスフェリンレセプター(TfR)を介してBBB(タイトジャンクションが存在する血管内皮細胞)を通過することができ、TfRの存在する中枢神経以外の臓器にも取り込まれます。パビナフスプアルファ1剤で中枢神経症状にも全身症状にも効果がある酵素製剤です。
ムコ多糖症ⅣA型は遺伝子異常により特定の酵素(N-アセチルガラクトサミン‐6-スルファターゼ)が欠損または活性が低下することによりライソゾーム内にKSとCSが主に蓄積することで発症します。症状や発症時期などにより、重症型と中間型、軽症型に分類されます。特徴的な症状は、骨変化(脊椎形成不全・変形、上腕骨・手関節の変形、外反膝など)、関節症状(関節拘縮ではなく、靭帯弛緩による過伸展・過可動)、角膜混濁、心弁膜症、エナメル質形成不全を認めますが、重症型でも精神運動発達の遅れはありません。治療はエロスルファーゼαによるERTが行われています。
ムコ多糖症Ⅵ型は遺伝子異常により特定の酵素(N‐アセチルガラクトサミン‐4‐スルファターゼ)が欠損または活性が低下することによりライソゾーム内にDSが主に蓄積することで発症します。症状や発症時期などにより、重症型、中間型、軽症型に分類されます。特徴的な症状は、Ⅰ型によく似ており特異的顔貌、肝臓・脾臓の腫大、関節拘縮、骨の異形成、ヘルニア、角膜混濁、心弁膜症、異所性蒙古斑を認めますが、重症型でも精神運動発達の遅れは認めません。治療はガルスルファーゼによるERTと、HSCTが行われています。
ムコ多糖症Ⅶ型は遺伝子異常により特定の酵素(β‐グルクロニダーゼ)が欠損または活性が低下することによりライソゾーム内のHSとDS、CSのグルクロン酸残基を切断できないため、HSとDS、CSが主に蓄積することで発症します。他の型と異なり、胎児水腫の発症頻度が高く、新生児型、重症型、軽症型に分類されます。特徴的な症状は、Ⅰ型・Ⅱ型と同様に特異的顔貌、肝臓・脾臓の腫大、関節拘縮、骨の異形成、ヘルニア、角膜混濁、心弁膜症を認め、新生児型・重症型では精神運動発達の遅れも認めます。治療はヴェストロニダーゼαによるERTが行われています。